林文子横浜市長の経歴と評判!出身高校や大学はどこ?任期はいつまで?

女性

アロハ~ハワイ移住を計画中のラニです♪

何かと話題の林文子横浜市長ですが、経歴がすごいです!

「すごい経歴の持ち主で、様々な評判がある。」

となると、経歴だけでなく、出身高校大学、どんな人柄なのかも知りたくなりますよね。

林文子横浜市長は2019年8月現在、3期連続で市長を務めるほど人気がありますが、良い評判だけでなく、ときに批判も受けています。

そこで今回は、「林文子横浜市長の経歴と評判!出身高校や大学はどこ?任期はいつまで?」と題して、林文子横浜市長を掘り下げていきます。

のちほど、勉強になる林文子横浜市長の著書もご紹介しますね。

それではまず、林文子横浜市長の経歴から見ていきましょう!

 


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林文子横浜市長の経歴

さっそく、林文子横浜市長の経歴をご紹介します。

 

林文子横浜市長の経歴①事務員

林文子横浜市長の経歴ですが、最初からカリスマだったわけではないです。
実は、事務員からスタートしています。

1965~1976年 19~30歳

東京レーヨン株式会社(現東レ)
松下電器産業株式会社(現パナソニック)
立石電気製作所(現オムロン)

などに勤務

1965年当時は、男女の仕事の間には今よりもキツく線引きがされていたため、林文子横浜市長は、そんな風潮になじめず、転職を繰り返します。

松下電器産業株式会社では事業部長秘書でしたが、入社3日目に人生の伴侶であるご主人と出会い、ひとめぼれ。

すぐにお付き合いがはじまり、1か月後に婚約というスピード婚をしたことで、「何やっているんだ」と会社から怒られ、寿退社します。

社内結婚をすると女性が辞める、という風潮もあったそうですが…。
ご家族も、さぞ驚いたでしょうね!

では、ここからどうやって変化していったのでしょう?
営業としての経歴に触れていきます!

 

林文子横浜市長の経歴②ホンダ

事務員から営業へ転身した経歴にドラマがあります。

1977年 31歳

 ホンダオート横浜株式会社 入社
 (入社後、ホンダクリオ神奈川県北株式会社へ)

10年間、コツコツ事務員を務めていた女性が、いきなり営業!

きっかけは、ホンダの車を購入したことで、ホンダの営業にセールスをかけられた際、「これなら自分にもできるかもしれない」と気づいたことでした。

林文子横浜市長は人が好きで社交的なため、営業マンと会話しているうちに、お客様の気持ちを弾ませようとしない男性の仕事ぶりをみて、「もっといい仕事ができるんじゃないか」と感じたそうで。

それで一念発起し、ホンダへ電話しますが、「女性にセールスは無理」とすぐに断られます。

手厳しい。
男女雇用機会均等法の施工より9年前のことです。
時代背景がよくわかりますね。

諦めずに懇願したところ、情熱が通じ、3か月雇ってみてダメだったら辞めるという条件付きで、はじめてのセールスレディ採用という運びになります。

林文子横浜市長は、はじめて持たされた名刺に夢心地になり、ご挨拶するのが嬉しかったそうです。

飛び込み訪問を命じられた林文子横浜市長ですが、とにかく人が好きなので、断られても、門前払いでも、まったく気にならずに、楽しみながら一生懸命、足で稼ぎます。

けれど逆風はキツく、先輩からは同行を拒否され、集合研修にも参加させてもらえません。

仕方なく、ビジネス本で勉強し、そこに書かれていた「1日100軒訪問する」を実践します。

さらに、持ち前のサービス精神で人に好かれたことで、入社初年度にもかかわらず、外回りで年間80台ほどを売り上げ、営業トップに躍り出ます。
(普通は、40台くらいが平均点)

もうくじけてしまいそうなくらいの環境ですが…。

このスピード感。
この忍耐強さ。
グッと入り込んで、モノにする。

諦めない粘り強さとポジティブさがすごいです。

林文子横浜市長は、常にトップの営業成績でした。
それなのに、男性がどんどん出世し、役職はつきませんでした。

そこで、BMWに転職を試みます。
ドライブが好きで高級車を売りたい!という気持ちで。
男女差のない、実力主義の外資系へ。

 

林文子横浜市長の経歴③BMW

林文子横浜市長は、BMWで働きたくて電話をかけるも、まず断られます。

しかし、例によって諦めずに、高級車の売り方についてまとめたレポートを直接送ったところ、即採用が決定します。

1987年 41歳

BMW株式会社東京事業部 入社
(現BMW東京)

41歳で見事、転職に成功です。
レポートの出来もすばらしかったのでしょうね。
見てみたい…。

完璧にみえる林文子横浜市長ですが、1人で苦しみぬいたこともあります。

男性上司から「そこまで頭を下げなくてよい。いいものを売っているのだから堂々としなさい」と叱られ、感覚の違いに悩んでも、相談できる女性がおらず、長い時間、苦しんだり。

でも、その感性こそが、林文子横浜市長のアイデンティティであり、強みなので、失わずに良かったです。

ホスピタリティに溢れている林文子横浜市長は、車には関係がなくとも、自分ができることを徹底的に実践します。
世間話から、お客様の子どもの進路相談や、あらゆる悩みの相談など。

お客様の心情に寄り添うことで絶大な信頼を得た結果、BMWでも、他を圧倒する営業成績を上げます。

入社1年目は、売り上げ2位。
2年目からは、ずっとトップ。

そして、1年ごとに、主任、係長、課長職と、スピード出世していきます。

人心掌握に優れているんだな。
だから、車の販売台数として結果がついてくる。
超一流ですね。

 

1993年 47歳

BMW東京株式会社 新宿支店長へ昇進

これまでの功績が認められ、入社5年でついに支店長へ大抜擢。

当時、新宿店は売り上げが最下位で、ゴミの吹き溜まりと呼ばれていました。
しかし、林文子横浜市長が赴任すると、たった半年で12支店のトップに君臨します。

 

1998年 52歳

BMW東京株式会社 中央支店長へ着任

今度は「倒産支店」と揶揄されていた中央支店へ。
今度も、林文子横浜市長の着任後、すぐ売り上げトップになります。

スーパー再建ウーマンですよ。

マネジメントにおいて、林文子横浜市長がもっとも大事にしてきたことは「人をいかに大切にするか」だといいます。

「仕事というのは、人間同士の信頼しあう心をベースにした土台があってはじめて、その上に乗るもの」と仰っています。

一見遠回りに思える「土台づくり」ですが、それがあるからこそモチベーションは上がり、スキルがアップし、結果として会社の業績へつながるとも。

確かにそうですよね。
組織が人を作るのではなく、人が組織しているのが会社ですもんね。

どんどんいきます。
次は、いよいよ経営者としての経歴に入っていきます。

 

林文子横浜市長の経歴④フォルクスワーゲン


林文子横浜市長は、いかにして経営者になったのでしょうか。

1999年 53歳

ファーレン東京株式会社 代表取締役社長として就任
(現フォルクスワーゲンジャパン販売株式会社)

林文子横浜市長は53歳の年、フォルクスワーゲンに代表取締役社長として就任しています。

なぜかというと、フォルクスワーゲンからのスカウトです。
仕事ぶりが注目されていたため、ある日、フォルクスワーゲンから突然スカウトがかかったのでした。

しかも、役職は社長。

このとき、これまで何も言わなかった林文子横浜市長のお母さんが、たった1度だけ

「なぜ、そのような重責を自ら進んで担おうとするの」
と、仰いました。

お母さんは、さぞかし心配だったと思います。

BMWで支店長というのも素晴らしい功績ですが、競合のフォルクスワーゲンからの突然の引き抜き。
しかも、会社の頂点である社長です。

責任と孤独は、他の役職の非ではありません。

それでも、何事にもスピード感がある林文子横浜市長は、愛するBMWが気がかりではあったものの、新しいマネジメントの世界へ飛び込んでいきます。

現場の痛みを知っている自分だからこそ、できることがあるのではないかというチャレンジ精神で、決断します。

そして、新米社長でありながら、短期間で企業を急成長させるという、業績を残しました。

再建マンが去ると業績が落ち込む、といった例もある中、林文子横浜市長が去った後もチームとして成立しているフォルクスワーゲンでは、今でもすばらしい業績を出し続けているので、本物ですよね。

それでは次に、再度のBMWの経歴に進みます!

 

林文子横浜市長の経歴⑤BMW

なんと今度は、古巣のBMWからのスカウト
林文子横浜市長は「戻ってきてほしい」と言われます。

 

2003年 57歳

BMW東京株式会社 代表取締役社長として着任

着任しちゃうんだもの。

フォルクスワーゲンでは、「女性でもできる」というモデルケースを樹立していたことと、12年間お世話になったBMWに恩返しをしたいという思いから、スカウトを受けます。

フォルクスワーゲンで成し遂げたことをBMWでも達成できれば、自動車業界に従事する女性の環境改善に少しでもプラスになるのではということも考えて。

さらに、成功例を1つでも多くつくれば、日本経済の立て直しにもいいと考えて。

まさに、役目をもって産まれてきた人、という感じですね。
フォルクスワーゲンは、気持ちよく林文子横浜市長を送り出したそうです。

信頼関係がすごいですね!

次は、カリスマ経営者としてキャリアを積んでいく経歴に進んでいきます。

 

林文子横浜市長の経歴⑥ダイエー

今度の経歴はダイエーです。

2005年 59歳

株式会社ダイエー 代表取締役会長 兼 CEO

ダイエーの会長です。

どこまでいくのーーー!
もう還暦ですよーーー!

「トップから下までが現場主義でなければ」という考えの林文子横浜市長。

「トップこそ現場の隅々に目が行き届いているのが普通」とインタビューで答えています。

社員の状況や体調を気にかけ、相手が新入社員だろうが、すれ違う部下にはできるだけ話しかけます。

いいところは徹底的に褒め、叱るときも相手を尊重し、できているところを褒めてから至らない点について「残念。悔しい」と指摘します。

 

2007年 61歳

同社 取締役副会長として着任

会長として業績を回復することができず、副会長に降格されたと考えられます。

それでも、社内の反発をものともせず、社員たちの心を掴んでいき、信頼を得ていきます。

林文子横浜市長は、女性ならではの視点やホスピタリティをいかんなく発揮しているんですよね。

ダイエーの再建こそ成功しなかったようですが、スーパーウーマンであることに変わりはないです。

次の経歴は、日産です。

 

林文子横浜市長の経歴⑦日産

林文子横浜市長、車業界に戻ってきましたね。

2008年62歳

日産自動車株式会社 執行役員として着任
東京日産自動車販売株式会社 代表取締役社長兼務

今度は日産です。

求心力があり、チームを回復させ、機能させ続ける力を引き出すことができる林文子横浜市長は、日産でも手腕を振るいます。

こうして、カリスマ経営者として超大手企業で着実にキャリアを積んでいた林文子横浜市長に、最大の転機が訪れます。

いよいよ、横浜市長としての経歴に入っていきます!

 

林文子横浜市長の経歴⑧横浜市長

林文子横浜市長、敏腕経営者から政治家への転身です。

 

2009年 63歳

横浜市長選挙 初当選
第30代横浜市長-1期目
(民主党推薦)

林文子横浜市長は63歳のとき、横浜市長に初当選しています。

立候補のきっかけは、「突然ご要請をいただいたから」だそうです。
なんと、決断するまでの時間が2日間しかなかったそうです…!

またしても「突然」の転機!
飛び込む勇気と度胸がとんでもないです。

「話を聞いていると、市長という仕事が人の生活の役に立てる有意義なものだと思った」とのことですが、これまでに縁のなかった政治の世界。

林文子横浜市長が決意した背景には、辛酸をなめた苦労がありました。

「それまでのキャリアの中で、女性ゆえの苦しみを嫌というほど抱えてきた歳月がありました。でも、がむしゃらに頑張ってきて、気づけば女性であっても企業のトップに迎えられ、日本第2の大都市の市長選に『出馬してほしい』と要請されるまでになりました。『日本はこんなに変わったんだ』ということに感動したと同時に、女性にとって生きやすい社会をつくることはこれからの私の使命だなと感じたんです」

引用:女性セブン2013年3月7日号

と仰っています。
本当に、血のにじむ努力をされてきたんですよね。

そう、林文子横浜市長は、私利私欲のためではなく、自分が味わってきた「理不尽さ」を解決するために、市長になった方なんですね。

人のために、自分を削って動ける人、というのはそうそういないです。
ましてや、社会においての使命のために生きるというのも。

そして林文子横浜市長は、2期目も再当選します!

 

2013年 67歳

横浜市長選挙 再当選
第31代横浜市長-2期目
(民主党、自由民主党、公明党推薦)

選挙戦というのは、始まってから市長職に就任するまでの50日間くらい、休めないそうです。

とても体力を使うので、乗り越えてからは何でもできるようになった気がすると仰っています。

さらに、市長職というのは土日の行事が多く、疲れたからといってお休みはとれない日々です。

林文子横浜市長は、就任直後に国際会議の議長を務めるなど、一気に様々なことを経験しました。

想像を絶する激務です。

また、2014年、68歳のときには要職にも就きます。

 

2014年 68歳

指定都市市長会会長 就任
全国クルーズ活性化会議会長 就任
全国街路事業促進協議会会長 就任
全国市長会港湾都市協議会会長 就任
(任期2年ごと)

就任!就任!就任!
就任の嵐です。

山のように積まれた書類すべてに目を通し理解するのも市長の仕事なのですが、兼務もすごいですね。

ほんと、体を壊さないか心配になります。

そして、2017年71歳のときに、横浜市長選挙に3選します!

 

2017年 71歳

横浜市長選挙 3選
(自由民主党、公明党、連合神奈川推薦)
第32代横浜市長-3期目

ちなみに、政令指定都市市長としては、林文子横浜市長が最年長です。
ムリは禁物ですが、どこまで市長職を更新していくのかも、見守っていきたいです。

2019年8月現在で73歳になりますが、一般的には、リタイヤして人生の余韻を味わっている年代ですよね。

この年齢で市長職、バリバリの激務をこなすんですもんね…。
1日だけでいいから、林文子横浜市長に密着してみたいです。

林文子横浜市長の下で働いてみたかったとも思います。

それでは!
次に、林文子横浜市長の輝かしい受賞歴にも触れていきます!

 

林文子横浜市長の主な受賞歴

林文子横浜市長の主な受賞歴もすごいですよ!
ざっといきますね!

≪主な受賞歴≫
・2004年
 ウォールストリートジャーナル誌
 「注目すべき世界の女性経営者50人」選出

こちら、なんと日本人でただ1人の選出です!

・2005、2006年
 アメリカフォーブス誌
 「世界のパワフルウーマン100」選出

 アメリカフォーチュン誌
 「アメリカ国外のビジネス界最強の女性50人」選出

・2014年
 在日米国商工会議所 ACCJ
 「2014パーソン・オブ・ザ・イヤー」

・2018年
 ユーラシア女性フォーラム(ロシア連邦議会主催)
 「パブリック・リコグニション・アウォード」

受賞歴もハンパじゃないですよね。
本当のカリスマですね。

それでは次は、勉強になる、林文子横浜市長の主な著書をご紹介します!

 

林文子横浜市長の主な著書

林文子横浜市長の主な著書です!
元気がもらえるものばかりですよ。

どれも高評価で、ビジネス本としてだけでなく、人生の指南書的な著書も多いですよね。

では、営業や経営者といった経歴を経て、市長という政治家になった林文子横浜市長の、気になる年収もご紹介します!

 


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林文子の年収

林文子横浜市長の年収はいったい、どれくらいなのでしょうか?

残念ながら、林文子横浜市長の経歴にある、事務や営業、役員時代の年収はわかりませんでした。

そこで、あくまで公表されている情報や、口コミなどからの推測ですが、林文子横浜市長が経験されてきた会社と職種のだいたいの年収を調べてみました。

林文子横浜市長が働き始めたのは1965年、31歳のときなので、当時いくらくらいだったかを2019年近辺の給与体系で鑑みるのは難しいのですが…。

だいたい今ならこれくらいかな?という感覚値で見ていただければと思います!

 

ホンダ時代の年収

最初はホンダ時代の年収からです!

平均年収 810万円くらい

  • 20代 300~600万円
  • 30代 600~850万円
  • 40代 800~900万円
  • 50代 900~1,000万円

課長、部長クラスから1,000万円を超えるようです。

トップセールスだったけど女性ということがネックになっていたので、林文子横浜市長の年収は700~800万円といったところでしょうか。

それでもすごいけど!

 

BMW時代の年収

次は、BMW時代の年収です!

役職によって年収の幅が広いそうです。

平均年収 550万円弱

  • 20代 450万円
  • 30代 500~800万円
  • 40代 600~900万円

部長クラスになると年収1,000万円を超えてくるそうです。

おそらく、林文子横浜市長は、感覚的にはBMW時代に年収1,000万円を超えたのではないでしょうか。

次は、フォルクスワーゲン時代の年収です!

 

フォルクスワーゲン時代の年収

フォルクスワーゲンの場合、成績にもよるでしょうが、職種がディーラーの場合は、入社10年ほどで1,150万円くらいといわれています。

フォルクスワーゲンは役員報酬が非常に高いことで知られており、ある取締役の退職金が15億円(!)で、亡くなるまで月々96万円の企業年金を受け取れる(!!!)といった事例もあります。

※フォルクスワーゲンの元取締役である、クリスティーネ・ホーマン−デンハルト氏についての2017年の情報。

さすがに林文子横浜市長はそこまで受け取っていないでしょうが、億単位の年収だったかもしれませんね。

どんどんいきます。次は、ダイエー時代の年収です!

 

ダイエー時代の年収

まず、ダイエーの平均年収は550万円くらいです。

ダイエーについては情報が少なく、推測も難しいのですが、フォルクスワーゲンよりも年収が下がったかもしれないですね。
役員としての転職なので、年収ダウンは考えにくいですが。

次は、日産時代の年収に進みます!

 

日産時代の年収

日産の場合、平均年収は820万円くらいです。

目安ですが、日産の役員報酬について。
『IR BANK 日産自動車 役員報酬の推移』によると、取締役8名に対して総額37億4,100万円が支払われたそうです。
※2018年3月期情報
 

単純に8で割ると4億6,762万です。
そんなバナナ。

そこまでではないでしょうが、林文子横浜市長も億超えしていたかと思われます。

労務行政研究所調べ『2017年役員報酬・賞与等の最新実態(労務行政研究所)』によると、社長の年収は4,441万円。
社外取締役の年間報酬の平均額は643万円です。

役員の年収はやはり高い!

でも、林文子横浜市長が所属していた車業界や外資系企業は、一般的な企業より、年収が高かったと推測されますね。

では、横浜市長になってからの年収はというと…。

 

林文子横浜市長の年収

林文子横浜市長の、気になる年収をご紹介します!

・林文子横浜市長の公開所得データ
 公開年収 2,677万円(2012年)
 政令指定都市長ランキング 3位(20人中)
 ※2012年情報

内訳は、市長としての年収が2,383万円

給与以外の年収が295万円です。

先ほどご紹介したように著書がたくさんあるので、印税などの収入があると考えられます。

ちなみに、横浜市は市長の年収が高く、なんと全国1位です。
月の給与は159万9,000円で、平均の2倍です。
(2018年情報)

こうしてみると、市長としての年収は全国1位ですが、役員時代の年収に比べると大幅ダウンしているようですね。

企業と、市政は比べるものでもないのですが…。

けれど、お金に釣られて横浜市長になったわけではないということは分かります。

「自分の命題として市民のために市長になった」わけですから、激務で身を粉にしながら駆け回っていると思うと、応援したい気持ちになります。

それでは、自身の命題として市長職に就いている林文子横浜市長の、評判についてもご紹介しますね!

 


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林文子横浜市長の評判

さっそく、林文子横浜市長の評判をお伝えしますね。

・税金の使い方が問題視されている件
林文子横浜市長は、市長に就任後、自身が住む市長庁舎を1,700万円かけてリフォームしたり、ヘアメイク代を公費で払ったことでバッシングされています。

市から支出されたヘアメイク代は、8回で、1回約3万円でした。
林文子横浜市長は、「市の事業として必要な支出と考えています」と説明しました。

ネットの声を聞いてみると…。

広報誌などの撮影でスタイリストがついていたから仕方ない、という説や、自分だけでなく周りの方の分も支払ったという説などもあり、細かいところの真実はわからないのですが…。

「税金の無駄遣い」ではないのでは?と個人的には思います。

自分でヘアメイクできればそれに越したことはないでしょうが…。

いいお歳なのでプロにお願いしたほうが横浜の「顔」として見た目が恥ずかしくないでしょうし。

もしかしたら、体調がすぐれなくて、自身のメーキャップでは隠し切れなかったかもしれません。

体調管理できないなら市長を辞めろ、というのはあまりにも…な気がします。

弱みを見せたら、あっという間に足元をすくわれる世界に身を置き、1分単位で仕事をしていますから。

そういったことより、林文子横浜市長が、大義を失っていないかを日々の政策から見極めたりするほうが、大事ではないかなと思います!

それでは次に、林文子横浜市長の学歴を改めてご紹介します。

 

林文子横浜市長の学歴

気になる林文子横浜市長の学歴もチェックしていきましょう!

林文子横浜市長の出身高校

東京都出身の林文子横浜市長の出身高校は、東京都立青山高等学校です。

言わずと知れた都内屈指の進学校で、偏差値は71です。

林文子横浜市長はやはり賢いんですね!

質の高い授業に定評があり、個性を尊重し、立地の良さ、自由な校風、学力の高さから人気のある学校です。
ちなみに、制服はなく私服通学です。

青山フィルハーモニー管弦楽団と、ラグビー部の強豪校ですよね!

また、在校生の口コミによると、東京都内429校中10位と、満足度もかなりの上位です。

そんな、すごく自由な空気の中、林文子横浜市長ものびのび高校生活を送っていたそうですよ。

よく、環境が人をつくるといいますが、林文子横浜市長の自由かつ1本筋の通った感じが、青山高等学校のイメージにぴったりだと思いました。

それでは次に、林文子横浜市長の出身大学についてです!

 

林文子横浜市長の出身大学

林文子横浜市長の出身大学は…。

ありません!

はい、そうです。
林文子横浜市長は高卒です。

高卒で市長になれるのか…!と思いますよね。

林文子横浜市長が高校を卒業した1965年当時は、大学へ進学する方はほとんどいなかったそうです。

高校卒業後はだいたいの方が就職しており、大企業や一流企業に勤めるのがある種のステータスだったそうですよ。

時代は変わっていくものですね~。

林文子横浜市長にも、学生の時代があったんだよなあ…。
なんてぼんやり考えてしまいました!

いつまでご活躍されるのか、期待しつつ見守りたいですが、林文子横浜市長の任期はいつからいつまでなのかもチェックしていきましょう!

 

林文子横浜市長の任期はいつからいつまで?

林文子横浜市長は2017年の市長選で3選しており、2019年現在3期目です。
そして、3期目の任期は2021年までです。

4年に1度の市長選まで、あと2年!

次も市長を務めるのかはまだわかりませんが、林文子横浜市長の政治的手腕を見極めていく必要がありますね!

それでは、最後にまとめます。

 

まとめ:林文子横浜市長の経歴と評判!出身高校や大学はどこ?任期はいつまで?

今回は、カリスマ経営者であり敏腕横浜市長として知られる、林文子横浜市長についてお伝えしてきました。

最後に、この記事の要点をまとめておきますね。

  • 東京都出身、2019年8月現在73歳
  • 出身高校は、東京都立青山高等学校
  • 高卒で、事務員として10年間働いていた
  • 事務員時代にスピード結婚している
  • ホンダへ転職後、トップセールスになる
  • 車業界でキャリアを積み、社長まで上り詰める
  • ホンダ、BMW、フォルクスワーゲン、ダイエー、日産を経て、市長へ転身
  • 様々な表彰をされている
  • 著書も多く出版されている
  • いい評判だけでなく税金の使途などで批判を受けている
  • 2019年8月現在、市長職3期目

企業再建や、組織の活性化ができるスーパーウーマンですが、大事なのは「人」であるという考えを貫いている林文子横浜市長。

行政においても、横浜市民の暮らしがよりよくなるように、力を注いでいってほしいですね。

年齢を感じさせない活躍ぶりですが、このまま政治の世界でどこまで飛躍できるかを見守るとともに、林文子横浜市長の情熱の灯が燃え尽きないよう、応援したい気持ちになりました!

マハロ♪

 


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