【死因】小出義雄監督の病気(病名)や教え子の現在は?お別れ会はいつどこで?

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陸上マラソンの名監督として知られる小出義雄監督(80)が2019年4月24日午前に死去されました。

小出義雄監督といえば、2000年シドニー五輪女子マラソンで金メダルを獲得したQちゃんこと高橋尚子さんの監督としても有名です。

明るく元気で豪快な印象の小出義雄監督ですが、心臓の病気で入院・手術をした過去もあったようです。

ここでは小出義雄監督の、

  • 小出義雄監督が死去!死因の病気・病名は?
  • 小出義雄監督のお別れ会はいつどこで?
  • 小出義雄監督の教え子の現在
  • 教え子・有森裕子のコメント全文
  • 教え子・千葉真子のコメント全文
  • 松野明美のコメント全文
  • 小出義雄監督の経歴
  • 小出義雄監督の家族(嫁・子供)は?

などについてお伝えしていきます。

 


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小出義雄監督が死去!死因の病気・病名は?

小出義雄監督が死去されましたが、その死因となった病気病名について、今現在、詳しい情報はありませんでした。

しかし、小出義雄監督は2019年3月31日をもって、陸上競技の指導者として一線を退く発表をしていました。

指導者引退の理由として、この1年体調を崩すことが幾度かあり、責任をもって選手を育てることができなくなった、とされています。

小出義雄監督は、2015年夏(当時76歳)のアメリカ合宿中に心臓の病気で緊急手術をし、ペースメーカーを入れていました

高齢の小出義雄監督にとってはペースメーカーはかなりの負担になったと思いますが、2019年3月末までは契約していたユニバーサルエンターテインメントの監督として指導に当たっていました。

現時点で断定はできませんが、心臓の病気が死因となった可能性が高いと思われます。

長嶋茂雄監督と同じ千葉県佐倉市出身の小出義雄監督は、毎年『佐倉朝日健康マラソン大会』には姿を見せていたそうですが、2019年3月24日に行われた大会には姿をみせていなかったことから、亡くなられる1か月以上前から体調がかなり思わしくなかったのでしょうね。

小出義雄監督の死因となった病気・病名は詳しい情報が入り次第、こちらでお伝えいたします。

 

小出義雄監督のお別れ会はいつどこで?

2019年4月24日午前に死去された小出義雄監督のお通夜お葬式お別れ会などはいつどこで行われるのでしょうか?

恐らく、お通夜は25日の夜、お葬式(告別式)は26日の日中に行われるのではないでしょうか。

お通夜と告別式は、親族や関係者だけになる可能性が高く、小出義雄監督のファンはお見送りすることはできないかもしれませんが、テレビにも出演され、あれだけの知名度や愛されるキャラクターだった小出義雄監督ですから、ファンに向けてのお別れ会が行われる可能性はあると思います。

お別れ会は通常、逝去されてから2週間~1ヶ月半の間に行われます。

小出義雄監督の場合ですと、2019年4月24日に逝去されていますから、2019年5月8日~6月10日までの間に行われると思われます。

俳優の大杉漣さんやロック歌手の内田裕也さんなど、著名な芸能人の多くは、東京都港区の青山葬儀所で行うことが多いですが、小出義雄監督の場合は地元愛に溢れる方でもあったので、出身地の千葉県佐倉市の葬儀所で行われる可能性もあります。

佐倉市であれば、さくら斎場あたりが候補となりそうです。(推測です)

最寄り駅の京成佐倉駅からは車で7分、JR佐倉駅からは車で11分の距離です。

JR東京駅から京成佐倉駅やJR佐倉駅は1時間前後の距離となります。

 


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小出義雄監督の教え子の現在

小出義雄監督の教え子と言えば、Qちゃんこと高橋尚子さんですが、他にもすごい選手が教え子にいます。

有森裕子

  • 1992年バルセロナオリンピック マラソン 銀メダル
  • 1996年アトランタオリンピック マラソン 銅メダル
  • 自己ベスト 2時間26分39秒

有森裕子さんは、1998年にガブリエル・ウィルソンさんと結婚しましたが、記者会見で「わたしはゲイだ」とカミングアウトして世間を驚かせました。

その後、2012年にガブリエルさんとの離婚報道があり、有森裕子さんは現在、マラソンの解説者として活動しています。

千葉真子

  • 1996年アトランタオリンピック 10000m 5位入賞
  • 1997年世界陸上アテネ大会 10000m 銅メダル
  • 2003年世界陸上パリ大会 マラソン 銅メダル
  • 自己ベスト 2時間25分11秒

千葉真子さんは現在、陸上指導者、コメンテーター、タレントなどを主な活動としており、結婚して二児の母親でもあります。

高橋尚子

  • 2000年9月 シドニーオリンピック マラソン 金メダル
  • 自己ベスト 2時間19分46秒

高橋尚子さんの現在は、スポーツキャスターやマラソン解説者として活動しています。プライベートではマネージャーの西村孔さんと交際宣言をし、今現在も同棲しているようですが、結婚にまでは至っていません。

 

教え子・有森裕子のコメント全文

「思い出は数え切れない。正直、唐突なという形ではなく、何回か倒れたり、入院したりという話は聞いていました。ああいう体調で監督らしく、よく頑張ったなと思う」

「ボルダーで倒れたとか、タバコをやめたとか、お酒をやめてるとか聞いていました。でも会うときは元気なんですよね」

「ご存じの通り、本当に気を遣う人だったので、あまり会いには行かなかった」
引用:デイリー

 

教え子・千葉真子のコメント全文

監督と最後に電話でお話したのは、1ヶ月程前の事でした。

声はいつも通り張りがあり、以前入院されていた時よりも元気なくらいでした。

「3月で指導の第一線から離れる事になったのだけれど、これからもボランティアで教えていくんだよ」と今後も指導に関わっていく事を楽しみにされていました。

虫の知らせなのか、つい昨日、次女の正子さんに電話をし、状態が良くない事は伺っていましたが、あまりに突然の事に言葉が出ません。

思い返せば…陸上だけでなく、『人生』というのも教えて下さった監督でした。

どうせ苦しい事をやるのだから出来るだけ明るく楽しく頑張ろう!といつも太陽のように選手を照らして下さっていました。

そして、苦しい練習も「ちばちゃん一緒に頑張ろうな!」と、ポンと肩を叩いて選手に目線を合わせて下さっていた様に、選手の心を動かすコミュニケーション能力が小出マジックと言われた所以だと思います。

監督から教わった事は、これからも私の中で生き続けます。

そして、次世代のアスリートや子供達に受け継いでいけたらと思っています。

晩年は、大好きなお酒も、ドクターストップで飲めなかった分、天国で存分にお酒を飲み、ゆっくりと休んで頂きたいです。

心よりご冥福をお祈り致します。
引用:千葉真子オフィシャルブログ

 

松野明美のコメント全文

「1年くらい前から体調が悪いと聞いていましたが、ショックでびっくりしています」

「マラソンは忍耐力が大事だということで、厳しかった練習を思い出します。ただ、練習以外の時の“今度は日本最高記録出るぞ”とかの励ましの言葉、そして何とも言えない笑顔が私たちにとっては、父親のような感じで苦しい練習も乗り越えることができました」
引用:スポニチ

 


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小出義雄監督の経歴

小出義雄監督の経歴をご紹介します。

千葉県立山武農業高等学校、順天堂大学を卒業後、保健体育教師として千葉県内の高校で選手育成をしていました。

1988年ソウルオリンピック水泳100m背泳ぎ金メダリストで、スポーツ庁長官を務める鈴木大地さんは、船橋市立船橋高等学校(市船)時代の教え子でもあります。

小出義雄監督自身も、箱根駅伝に3年連続で出場しており、5区10位、8区3位、8区5位の成績をおさめています。

1988年からリクルート・ランニングクラブの監督に就任し、社会人アスリートの育成に力を入れます。

この時に、有森裕子選手と高橋尚子選手と出会います。

1997年にはリクルート部内と確執があり、積水化学工業に移籍し、女子陸上部の監督に就任します。

2001年6月佐倉アスリートクラブ(SAC)を設立し、代表取締役兼現場監督に就任します。

高橋尚子選手は、リクルート、積水化学工業、佐倉アスリートクラブへと小出義雄監督と行動を共にしていました。

この時に、千葉真子選手と出会います。

2019年3月ユニバーサルエンターテインメントとの契約が満了するとともに、指導者として一線を退くと発表しました。

小出義雄監督は、有森裕子さん、千葉真子さん、高橋尚子さんといった一流アスリートを育成し、陸上競技の監督としての実績をだし、その指導力を証明しました。

 

小出義雄監督の家族(嫁・子供)は?

家族
小出義雄監督の家族子供)について調べてみたところ、小出義雄監督は、保健体育教師として千葉県の長生高校に勤務していた際の教え子(陸上部)である啓子さんと結婚しています。

小出義雄監督の妻の小出啓子さんは、『爆走!小出家の人々―夫の夢の支え方、妻への愛のそそぎ方』という本を出版されています。

オリンピック金メダリストを出すという夢を持つ夫の支え方や、逆に妻への愛の注ぎ方について書かれた本で、特殊とも言える小出家の家族を守り支える妻の指南書ともいえる本です。

小出義雄監督には3人の子供(三姉妹)がいます。

その中でも次女小出正子さんは、マラソン選手として活躍しており、父親の小出義雄監督が積水化学工業の監督時代に、娘の小出正子さんも積水化学工業に所属し、陸上選手として北海道マラソンで4位に入るなど、活躍していました。

2002年の長野マラソンで4位入賞した後、2001年世界陸上競技選手権で日本代表にもなった高橋健一選手と結婚し、選手としては一線を退きました。

今現在は、父親の小出義雄監督の元、佐倉アスリート倶楽部のスタッフとして、陸上の指導にあたっています。

 

まとめ

今回は2019年4月24日午前に死去された、小出義雄監督をご紹介してきました。

陸上界の名伯楽・小出義雄監督の死去は陸上界にとっても大きな損失と言えます。

2018年現在の男性の平均寿命が81歳ですから、小出義雄監督も平均寿命近くまで生きていたことになりますが、小出義雄監督の人生を見ていると、本当にやりたかったことを全力でやり切った感じが伝わってきます。

高橋尚子選手、有森裕子選手、千葉真子選手といったもの凄いアスリートを育て上げたんですからね!

太く長い人生を送られたのではないかと思い、見習っていきたいなと感じました。

謹んでお悔やみ申し上げます。

マハロ

 


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driptime ラニ

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